<香港滞在作業誌>

Day 1

明日から香港でのクリエイションがスタート。

早朝、自宅を出発して、雨の香港へ。

夕刻、滞在先のV54(Happy Valley)に到着。

1925年に建てられたアールデコ調の住宅を2016年からアーティスト・イン・レジデンスの場所として活用している。とても快適。タイルも手すりもほぼ100年前のもの。コモンスペースには今は使われていないけれど暖炉もある。

夜のミーティングまでしばらくPCに向かう間、聴いたことのない南国の鳥の声がずっと聞こえている(多分鳥だと思うんだけど)。声だけ聴いていると、とても大きい鳥のような気がする。

窓を開けていると、香港のB級グルメの香りが入ってくる。ああ、香港の匂い。

移動の機内では、読みかけたままになっていた福嶋亮大+張或暋『辺境の思想 日本と香港から考える』と、『大島生活誌ウプシ』を読み終える。加えて、グループであがっているキーイメージを思い返す。宮古島での2週間の経験からこうして香港へ。まさに私たちが移動体となって再会していることの面白さを考えてみる。なんでなんだろう。明日からのディスカッションにしばし耳を傾ける機内。

夜、広東オペラに出演しているBoさん以外のメンバーが集まる。Steve、Fei、昨日香港入りした阿児ちゃん、到着したばかりの塚原さん。そして今回のオーガナイザーのWKCDのエレインとテミ、V54のオリオさんと、ジャックさん。

ミーティングののち、近くの市場の2階にあるフードコートへ。甘さと辛さの香港フードが久々に体に染み入りますね。ニンニクとオイスターソース。久々に聞く広東語の歌うような言葉が耳に心地いい。

さて、今日はこのくらいにして、明日から短期間の香港生活とクリエイション。2週間の贅沢宮古島滞在から何を<TRA・DIT・ION=超えて・与えられる・もの>するのかしないのか。

「消えていく言語」と「アジアの身体」2つのキーワードから始まった今年度のクリエイションがいよいよ始まります。

Day 2

起きた瞬間からクリエイションが始まるのが滞在制作のいいところ。

部屋で優雅にお茶を飲みながら、昨日の積み残し作業。

9:45am 本日のアクティビティ開始。

まずは中環の蓮香楼へ。百年以上続く茶館(飲茶の場所)。惜しくも今月末で閉店してしまうということで、いつもに増して人がたくさん。朝10時の時点で満席。昔ながらのスタイルで、飲茶を載せたカートが店内をめぐります。ローカルで親しみやすい味。おじさんたちが新聞片手にお茶を飲む。こういうお店がなくなってしまうのは本当に残念。

点心の後、2月26日のプレゼンテーションの場所へ。香港ダンスカンパニー(HKDC)の本拠地へ。8/F(その名の通り8階=日本の9階にあります)大きなダンススタジオです。宮古島以来、6人全員が集まり、今回のクリエイションの方向性を少しずつ探ります。“再会”は不思議と人の距離を近くする。宮古島から2か月半の間に何をどうこの滞在に持ち込むか。それが少しずつ明らかになっていく面白いプロセス。時間は限られている。でも決めることを目指さずに、浮遊を楽しみながら、それでも明らかに以前よりも踏み込む部分が多くなっているのが心地よかったり。

朝の土砂降りから一転、すっきり晴れた香港は暑いくらい。中環の港まで歩き、そこから坪洲島までフェリーに乗る。映像作家の玄宇民さんの紹介もあり、今回の滞在ではぜひ訪れたいと思っていたところ。何もないローカルなところに行きたいということで、さっそく今日行ってみることに。聞いていたのは、とにかく“椅子があって、そこに人が座っている”島だということ。で、行ってみると、本当にその通り。そこかしこに椅子。海沿いに椅子。木の下にも椅子。市場のすぐ外の冷気が届くエリアにも椅子。そして、とにかく人が座っている。集まって喋っていたり、香港版の将棋(?)をしている人もいる。釣りをしたり、椅子のすぐそばの健康器具を使って運動している人もいる。でも、とにかく座っている人もいる。座って、風を感じて、鳥の声を聴くと、もうそれだけでいい(スティーブ談)みたい。ふと、池間島で見た“池間島サミット”を思い出す。人々が家からふらりと出てきて、共に座ってたわいもない(だろう)話をする。こういう光景、東京ではどこにあるかな? 朝の茶館もしかり。ここで交わされる会話が、過ごされる時が、どんなに大切なことかしら。

坪洲島にいる間、他にも宮古でみたいろいろな風景を思い出す。伊良部島のライトエメラルドグリーンの家、大神島にいたおじいさんみたいな狐みたいな犬(阿児ちゃん命名)。廃墟と化している私有地。この島でも“水”が大事なものであることが想像できる。海の色はまったく違う。でも、風の感じは少し似ている。遠くに見える景色はまったく違う。すぐそこ地価の高い高層ビルのエリアが見える。宮古島では海の向こうから神様が来るとうなずけたけど、ここではただただ時間の隔たりを感じる。

そういえば坪洲島のローカルなご飯屋さんで、揚げた豆腐にかけるソースをうっかり倒してこぼしてしまいました。“Act of God creating an island!”by塚原さん。(トップの写真)

今、香港政府は海を埋め立てて人口の島をつくる計画をしていると帰りのフェリーで聞いた。なんだかこの2つが生々しくつながってしまった。なんだろう。

香港島に戻り、さらにスターフェリーで九龍半島へ。先月オープンしたばかりのXi-Qu Centre(戯曲中心)へ。中国の地方劇、主に粤劇(広東オペラ)を上演する劇場。今日はBoさんがアクロバットの場面に出演。久しぶりに客席から見る粤劇。セリフまわしの上手な役者さんを見ているのがおもしろい。広東語はもちろんわからないけど、かなりアドリブというか現代の言い回しが入っていたりするようで客席も沸いている。ちなみに客席がおばちゃんが圧倒的に多い。気のせいかもしれないけど、以前よりも芝居のテンポが早く感じられた。時代に合わせた変化のようにも思うけど、どうだろう? 私見ですが、中国の地方劇のなかでも粤劇は農村歌舞伎のように地域で受け継がれてきた色合いが濃いように思う。今日みたものはもちろんプロとして活躍している方々だけど、それでもなんだか劇場で格式張ってみるよりも、焼売や魚丸子を食べながら、ビールを飲みながら、あーだこーだとお喋りしながら見るもの。その中で育まれてきた自分たちの物語への愛情だったり、葛藤だったり。

長い一日の締めくくりは、お粥の入った魚介鍋。蛤(?)に始まり、マテ貝、鮑、なんかわからん巨大な貝、蝦、蟹、魚、蝦のつくね、魚のつくね、魚丸子、鳥、魚皮、揚げパン。全部の出汁が染み入ったお粥にしいたけとカボチャが入って。。。長い1日の終わり。あー、美味しかった。

佐敦(ジョルダン)からMTRに乗って銅鑼湾(コズウェイベイ)。さらにトラムに乗ること5分。V54に到着。

Day 3

モーニングセッション。V54に集合。

暖炉のあるコモンルームで。冷房つけましたけど。

(ところで2月でこの暑さ(半袖)ですが、暖炉使うことあったのかな、100年前は)

“Feedback from yesterday”と言って今日の一日が始まる。

私が昨日から引き継いだことは2つ。

ひとつは、昨日書いた「島をつくる」話。神の為した島と、人の為した島。神というのは、もちろん、海底火山の爆発や地殻変動でできた島のこと。塚原さんが続ける。「自然にできた島の形は面白い。その曲線、ギザギザに海の生き物たちが集まって自分の住みやすいところを見つける。」

宮古島の海で見た珊瑚を思い出す。珊瑚も小さい魚たちにとってひとつひとつが海の中の島のようなものかな。2016年JCDNの国際アーティスト・イン・レジデンスで沖縄本島北部の備瀬というところに行った。丘の上から備瀬の海を見下ろして、三線ブルースを唄うShinbowさんが言った「白く見える珊瑚は、全部死んだ珊瑚」。これもまたイメージがゆるやかにつながっている。

もうひとつは、昨日スティーブから聞いた“九龍皇帝”。今回のプレゼンテーションに「テキスト」をどう登場させるかを考えていると話していたところ、スティーブが思い出した香港のグラフィティ・アーティスト。アーティスト?! 

https://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BE%E7%81%B6%E8%B2%A1

彼は、自らを九龍の皇帝の子孫だとして、自分の家系についてを街のあらゆるところに書いた。筆をつかって、漢字で。多くはすでになくなってしまっているようだけれど、尖沙咀のフェリー乗り場の近くで見ることができた。

それが歴史的に、科学的に根拠があるないではなくて、自分のルーツについて自分のことばで語ること。“Power of Word”と称された彼の作品の魅力は、筆の力強さだけではなく、自分のルーツにまつわる物語の強さではなかったかと考えてみる。

ディスカッションは3時間続き、Yes/Noの二択ではない疑問が次々に提示される。で、私たちは何を語ろうとするのか、それはまた明日への課題。

夜、テンプルストリートにあるバラックのご飯屋さんへ。ここ、香港で食べるご飯の中でもっとも香港ぽくて好きな場所。水曜日は競馬の日で、店員さんも注文そっちのけで競馬に夢中。「12番行け~~~~」ってめっちゃ叫んでます。ボさんとスティーブが一緒にやっているカンパニーのメンバーの2人も加わり、またまた食べすぎの夜。帰りには漢方スタンド(と勝手に呼んでる)に寄って、体を整える。香港に来てから眼の調子が良くなかったので、私は目が快適になる漢方をいただきました。

スティーブが車でV54まで送ってくれました。競馬で道がふさがっていたために、ハッピーバリー(高級住宅街)の上の方まで迂回。で、また、あ、ゆるりとつながる感覚。丘の上から見下ろすところ狭しと立ち並ぶ楊枝マンション。珊瑚に集まる青い魚たちが遠くに思い出されました。

Day 4

はい、また今日! これ、本当にレジデンスの醍醐味です。24時間がつぎの24時間につながっているんですね。大変だけど、楽しいです。

朝10時。みんなV54に集まっています。

まず、フェイが香港の海を撮影したフッテージを見せてくれて、それに対して空間とか、音楽とか、何が目的かとかみんなの応答。

それから阿児ちゃんが坪洲島の海岸(?)で採集した海水でつくった豆腐について説明。阿児ちゃんのプランに対しても、みんなが応答。

それから、1階の中庭?に行って、今日(から)は体をつかっていきましょう、ということで。接触というのは本当にすごいことで、呼吸から血流からその人の思いからなんか伝わってしまったり、わからなかったり。久しぶりに体を使うワークに一緒に参加して怖いやら嬉しいやら。ほとんど泣きかけるような感じでしたけれども楽しみました。(このパートについては、自分が冷静に参加していないので、ちょっと言語化が難しい!)

すごいな、と思うのは、ここまで私たち6人は経験や考え方については交換していたにもかかわらず、一切実際の体の接触を以ては触れ合ってこなかったこと。たしかに、宮古島の3日目かな? くらいにボさんとスティーブのトリッキングをやってみたり、スティーブにカポエラを習ってみたり、一與那城美和さんに雨乞いの踊りをならったりとしていたけれど、、、でも、自分たちの今の体で何かを一緒にやってみることは今までなかった。これは今までが怠けていたのではなくて、「今」が適切な時なのだと、思うのです。もちろん、宮古島の2週間と香港の10日間、という約束がなければできないペースだとは思うけれど、これがとても大切なことのように思われます。特に6人のうちの半分はダンサーでもないし、いわゆるパフォーマーでもありませんし、私にいたっては通常の人の運動神経の半分も持ち合わせていませんので。。。

人と人が触れて、どういうことになるか、それからそこに「隠される」意味や物語がどういうものなのか、それを共有できるようになった(かもしれない!)6人が、実際に接触しながら考える時間を持ち始めたこと。

そんな朝のワークを終えて少し遅い昼ご飯。そして、深水埗へ。有名な豆腐花やさんが目当てですが、町(村?)自体を目当てに。何度来てもエネルギーの渦巻く様がすごい町。遠くまでつながる露店。SIMカード、カメラ、LED、リモコン…何もかもが専門店になって売って売ます。服や靴、おもちゃの専門店もある。道の両脇にはあいかわらず高層の住宅。阿児ちゃんがぽつりと呟きました「ここにも人が住んでいるんですもんねぇ」。

夜、初日のマーケット上の食堂へ。塚原さん、阿児ちゃんのV54チーム3人で。胃も体もややお疲れ気味なのか、野菜ばかり注文。久しぶりに胡椒と酢漬野菜と豚の内臓のスープに遭遇! しみます~。久々に日本語だけの会話に、おしゃべりは尽きないのでした。

最後、V54に帰り、阿児ちゃんが朝つくった香港海水豆腐をひと口。おお、塩辛い。でも、島豆腐。あとは、“海水”をどう受け入れるか、体も、心も、、、明日に続く。

Day 5

昨日食べた坪洲島海水豆腐は無事食あたりにはなりませんで少しホッとした朝でした。

朝9時、V54までスティーブのお迎え。そこから九龍側の北西・荃灣まで向かいます。目指すはボさんとスティーブのカンパニー”TS CREW”のスタジオ。もともと工場の多かったエリアで、多くのダンスカンパニーや劇団がスタジオを構えているエリアだそう。アクロバットやトリッキングを使いながらダンス作品をつくっている彼らのスタジオはとても感じがいい。自分たちの場所を持っているってやっぱり素敵なことだなぁ。

今日はTS CREWのメンバー シン、ソームズ、アランの3人が加わり、いよいよフィジカルなワーク、もとい、プレイ。

この作業の遊戯性の担保が今回のAIRの核心にある。その意味では、私たちは本当に贅沢な回り道をしてきたのだと思う。でも、その回り道があるからこそ、結論に飛びつかずに、恰好つけることなく、その行為に込められる意味が何かをもう一度読み直すことができている。一番いいのは、今日の“プレイ”を9人全員が本当に心から楽しんだこと。それが“プレイ”であることの最低条件であり、もっとも難しい条件でもあるのだと思います。プレイは、フィジカルを拡張し、複数のレイヤーを生み出します。

ダンスの作品、もしくはダンサーとの協働作業を始めるとき、いつでも自分の役割が何であるかを考える。私はパフォーマーではないし、踊りも踊れない。しかも、今回はダンサー、振付家、パフォーマー、映画監督とそれぞれ違うプロフェッションのメンバーが集まっている。そこで私がすべきことは“READ”。ここにきてはっきりとわかる。“読み続ける”作業。体、関係性、エネルギー、オブジェクト、移動、行為、セノグラフィー、ことば。見えるもの、見えないもの、見えるかもしれないもの。それを全部読み込んでいく作業。読み、こわし、つくり、読み、こわし、つくり、のプロセスに入った5日目。

明日は個人の作業日にして、日曜日の作業を確認。それまでに、まだまだやることがあります。

荃灣の近くに新しくオープンしたばかりのアートセンターThe Millsに寄り道して帰宅。夜ご飯、何食べようかな~。

Day 6

今日は個人作業日。

香港についてからほとんどゆっくり過ごすことがなかったので、貴重な中休み。

V54では“きっと”阿児ちゃんは豆腐をつくり、塚原さんは雑誌を切り抜いているはず。

私は、といえば、朝8時から机に向かう1日です。

メンバーからもらったルーツのストーリーをどうやって舞台に上げるのかを思案中。。。

Day 7

1日空いて、再び集合。

8:20 V54にスティーブのお迎え。日曜日の朝は渋滞もなく、あっという間に荃灣のTS Studioに到着。今日も全員そろって朝ごはんからスタート。宮古島から考えれば、もう3週間も共同生活をしている。当たり前だけど、宮古島にいるときと関係性も話す内容も違う。全員で話している時間が圧倒的に長くなったし、ご飯の時などは本当に“雑談”するようになった。やっぱりこれくらい時間がかかることなんだなぁ~と曖昧にも思った朝でした。

さて、プレゼンテーションは明後日。明日には会場の香港ダンスカンパニーのスタジオ8/Fに移動します。アイディア出しをのんびりできるのも今日までなのかしら。

宮古島雑記から書き続けている「島」と「橋」。テキストを考えるのにあたり、私たちはいったい誰なんだろうと考え続けていた。“物語”は“語り手”を必要とする(という側面がある)。今回、語り手は(行為者)は私たち自身なのだけど、その私たち自身はどういう存在なのか。そこで度々思い出すのは、宮古島で小学生とやったゲーム。島をめぐるゲームです。そのゲームを作っているとき、最初は伊良部島の浜辺で1時間くらい話合いして、それからエコハウスの庭にもどってきて、さらに2時間弱くらい話し合った。ゲームの詳細をここに記すことは困難なのでしませんが、ゲームのルールを組み立てる中で、必ずしもルールを遂行せずとも楽しめる“海を漂う”というポジションをつくった(というより認めた)ことがとても重要な要素だった、と振り返って改めて思う。その浮遊の感覚、海が大きな境界線で、その上を歩く(浮遊する)こと。橋も必ずしも出発地と目的地をつなぐものではなく、橋の上(境界線上)にいることが今の私たちなのでは。その橋には出発地も目的地もないかもしれない。ただ、橋としての橋。そこで、ボさんが言う。「なにかをつなぐから橋なんだけどね(笑)」。そうそう。本当に何かをつなげるかもしれない橋=境界線=海を浮遊する。

これまで出ているアイディアと、新しい提案と。立体化するのにそんなに時間はいらない。ひとまず組み立ててみて、あとは明日実験する。きちんと、実験。ここまでジリジリとやってきたのだから遊び倒さないとね。

明日は7時30分出発、ということで、今日は早めの夕食。鴨の舌食べた。

Day 8

朝8時。香港ダンスカンパニーのある上環に到着。飲茶。先日の“蓮香楼”とはまた違う味。月曜日の朝、おじいさんたちがお茶を飲みながら新聞を広げている。自分の居場所がある生活。スティーブが「香港はとても複雑な町」と言う。それぞれに生活圏がわかれたり、ゆるやかに重なったり、そのなかで居場所をつくりながら生きている。香港の好きな一面。

今回のプレゼンテーションは香港ダンスカンパニーの8/F PLATFORM。照明や音響の施設も備える大きなダンススタジオ。舞台監督のマーティンさん、照明のビーさんも加わり、いよいよ明日のプレゼンテーションに向けて。

作業開始から7日。よくこれだけの要素を絡めとりながら進んでいるものだと思う。宮古島滞在から3か月。メンバーそれぞれの中に残ったイメージが香港に来る前にいい感じにゆがめられたり、骨だけになったり、発酵したりして、香港で何かとして出ようとしている。今回のプレゼンテーションはその残骸ではなくて、ある種の思考の過程と、そのイメージの多層性に取り組んでいる。このクリエイション自体が宮古島からの続きの“リサーチ”。今日は頭からワークアウトするも、まだ新しい要素も出るし、本当に明日まで遊びつづけたいなぁ。探求。リサーチ。遊び。

明日は島づくりの歴史を書き残せるか挑戦。

Day 9

プレゼンテーションの朝。もちろん飲茶から始まりました。

油が多めの食事には、普洱茶がよく合う。飲茶なのだから、主役はお茶のほうだし。

歩く(毎日の移動とたまに行く登山)他には、ほとんどの運動神経を持ち合わせていない私。同じく(運動はしていると言い張っているけど)、「監督がカメラの前で演じることは決してない」と言うフェイ。“忍者タートルズ”(まさに!)のようなTS CREWと塚原さんと一緒に何をいったい“パフォーマンス”できるのか。阿児ちゃんは、運動神経がとてもいいし。

ただ、今回のクリエイション中、“パフォーム”することを心配したことはなかった。それは、即興で行う行為がすべて嘘がないから。それと、見られることに対するバリケードがないから。

今回のプレゼンテーションについて何から書いたらいいのか。まだ悩んでいるので、構造の話から。

タイトルをつけていないので、“プレゼンテーション”と呼ぶのですが、このプレゼンテーションで即興しているのは、思考のプロセス。思考も体の一部。これがプレイヤー全員に起きているとき、行為(パフォーマンス)が起こる。これ、本当は「ダンス」や「演劇」でも同じだと思うけれど、見えなくなっていることがよくよくあると思います。もちろん目指すものによって、その振れ幅や質はちがうものになると思うけれど。

この辺りの作業をかなり丁寧にやった8日間のクリエイションでありました。本当に遊びながら。それがやっぱり豊かな作業場でした。

で、これからどうしますか、というのを明日話すわけなのですが、先に少し書いておくと、「これを上手になっても仕方がない」というのが次の壁としてあるのだし、トリッキーなものを積み上げていけば鼻につくようなものになる。だから、今ある振れ幅をもう少し丁寧に検討してみるところから始めてみたいな、というのが私の今の思い。いくつかの手つかずの要素についても、もう一度検討したいし、その中で新しいアイディアも絶対に出てくるし。まさに今回主催の西九文化區が “Creative Meeting Point: Hong Kong x Japan“というタイトルをつけているけれども、私たち6人がクリエイティブミーティングポイント。出会っているのは、香港人と日本人ではなく、6人のメンバーとTS CREWのすばらしい3人と、香港、宮古島のすべてのコーディネーターや関係者、お世話になった方々たくさん。まずは私たち6人がまた出会えるといいなぁ。。。

Day 10

滞在制作最終日。

西九文化區を訪問。広大な敷地。2日目に観劇した戯曲中心は出来上がっているけれど、ほんの一部の施設を除いては順番に工事中。2023年にすべてが出来上がるとか。2023年、香港はまた大きく変わっているのだろうな。もちろん、東京も、大阪も、京都も、私たちも。

見学を終えたあと、九龍駅の上のショッピングモールで、とっても上品に美味しい飲茶ランチ。食べながら、今後の展開についての相談。香港チームとしばしのお別れ。

昨年初夏にオープンしたもうひとつのアートセンター「大館」へ。香港島の中心、イギリス統治時代の中央警察署・裁判所・刑務所が一体となってあった場所を競馬の会社が買い取り、遺産保護をひとつの目的として複合的なアートセンターになっている。レンガづくりの壁がいかにも写真映えがいいようで、写真を撮る人多数。先日行ったThe Mills、大館、西九文化區、それから東九龍にもアートセンターができると聞いた。それぞれ色の違う場。中身はどうなっていくのだろう。香港のこれからと共に。

阿児ちゃんとは大館で別れ、夜、2日に1回のペースで通っていたV54近くのマーケットの上のフードコートで塚原さんと最後のビール。

明日から私はもうしばらく香港滞在。ちょうど芸術節の時期なので、香港の若手振付家の上演をいくつか見ます。時間もあるので、中国―香港―マカオをつないだ橋を渡ってみようと思う。次のクリエイションに向けての作業目標もできたので、香港にいる間に少し書き溜めておきたい。

旅のつづき。。。

香港からマカオへ、橋の上を移動する

2018年10月、香港と中国本土およびマカオをつなぐ全長55kmの橋が開通した。マカオまでシャトルバスで40分。滞在中の香港島からシャトル乗り場まで1時間程度かかるので、上環からのフェリーに乗ったほうが楽なのだけれど、なんとも橋が気になったので橋を渡るという目的をもってマカオに行くことにしました。

香港ディズニーランドのあるランタオ島。その島の一部が埋め立てられ、香港口岸というポートになっていて、橋はこの香港口岸から始まる。橋は途中で何度か海底をもぐるトンネルになる。3車線ある橋の一番右を走るバス。事前情報なしに左の窓側に座った私の席からは、海上道路という感動はなく、アスファルト越しに冴えない色の海と遠くに見える島の影をぼーっと眺めました。宮古島と伊良部島をつなぐ橋、あの“海”という言葉からは想像しえなかった色の海の上を渡る時の感動とはまったく違う。でも、とにかく、橋。そして、橋の上をただ異物として移動する私。豆腐ファクトリー(現代美術家の阿児つばさが、香港の坪洲島で採集した海水をつかってプレゼンテーション中に豆腐を製作)から、構造物(赤いベンチと竹と人力による)を通って、各地(観客の近く)へと運ばれている、構造物(中央なのか?)→各地へと移動する豆腐の気持ちになったような気がしました、本当に気のせいだけれど。

そして、マカオ

2013年からの香港のアーティストとの共同プロジェクト「絶対的」や、2016年度のJCDNのAIRプログラム@香港でも協働している粤劇(広東オペラ)プレイヤーのパリス・ウォンとマカオで待ち合わせ。マカオ美術館で開催されている『海上生輝』を観に行く。中国王宮博物館に所蔵されている海派(海=上海)の絵画を特集した展覧会。主に19世紀~20世紀初頭に活躍した画家たちの作品。海派は、中国の伝統的な絵画のスタイルに西洋からの影響を取り入れて展開した一派。商品として売るために描かれた作品の多くは、お金持ちに愛されるモチーフや、誰もが知っている物語や人物をモデルにしたものが多く描かれた。一方で宮廷画家としてのプライドをかけた作品では、西洋の技術を取り入れ変化する最先端のスタイルで描かれている。決して大きすぎない美術館の丁寧なキュレーション。このマカオ美術館は年に1回、王宮博物館所蔵作品の展覧会をやっているそうで、パリスは毎年この美術館に訪れるという。粤劇の題材にもなる物語をテーマにしている絵画も多いし、テーマによっては衣裳の展示などもあり、とても参考になるとか。

さて、マカオ。

香港とマカオ。似ているようで、まったく違う2つの都市。香港がイギリスの支配下で“自由”を楽しんでいたころ、マカオはポルトガルの圧政に苦しんでいた。植民地時代の建物が多く残るマカオは、島のあちらこちらで世界遺産に会う(この歩けば世界遺産に当たる感じは少しローマっぽい)。香港ドル:マカオパタカ=1:1で使われていて、香港ドルで支払いをすれば、香港ドルでお釣りをくれる。ただし、タクシーなどはパタカで返ってくる。第一言語は共に広東語。でも、発音などの違いが少しはあるんだろうか? 第二言語は英語とポルトガル語と異なるし、街中のサインで言えばマカオは圧倒的にポルトガル語。香港は広東語と中国普通語(マンダリン)がほとんど。マカオには高級ホテル、カジノ、ハイブランドの集まるショッピングモール。どちらも人はとても多い。金融街の人と、観光の人。エッグタルトはマカオの方が先。そびえたつ変な形のホテル(これも風水なんだろうか)はあるけれど、香港ほどの楊枝ビルの密度はないし、低い建物も多い。マカオはエキゾチックさが求められているけれど、香港は違うと感じる。変化のスピード、これはもう完璧に、香港が速い。速すぎるくらい。

マカオ美術館でパリスの詳細な解説に耳を傾けながら、同じ広東語を母語とするこの2つの都市の大きな違いが浮かび上がってくる。橋は、この2つの都市の関係を変えるのだろうか。観光都市、世界遺産の都市としての“保存”を求められているマカオの変化も、ゆっくりと目に見えない(観光客が多くなるとかの変化はすぐにわかるだろうけど)変化をしていくのだろう。香港のほうは、きっと大きな変化をしていくに違いない。

<TRA・DIT・ION=超えて・与えられる・もの>

この作業が始まったのはいつだろう。最初は、師匠である佐藤信さんと、香港のダニー・ユンさんの企画“The Spirits Play”(2011年~2013年/1年目は鴎座、それ以降は座・高円寺のスタッフとして参加)だろう。シンガポールの劇作家・郭宝崑が太平洋戦争の体験者たちへの聞き取りを行い書かれた作品。信さんとダニーさんは、能役者、崑劇役者、そして現代演劇の俳優やコンテンポラリーダンサーとともにこの作品をつくりあげていた。

それが、(鑑賞という枠を超えて)初めて“伝統芸能”に触れた体験だったのかもしれない。その時から、香港のアーティストたちとの交流「絶対的」や、2016年度から始まるJCDNのAIRプログラムを通してあまり変わっていない感覚は、能も崑劇も、粤劇も、現代演劇を見ているのと同じように見ているということ。

ただし、これには2つの注釈を。ひとつは、現在わたしたちが現代演劇だと思っているものは、ヨーロッパの古典演劇にもルーツを持つということ。アングラ演劇が歌舞伎による新劇への抵抗を行ったことも、今日開発されている“演劇”らしきものはほとんどすべてが、明治維新から始まる帝国文化受容の一端にいるということ。もうひとつは、この伝統芸能と言われるものと現在の現代演劇・舞踊との根幹にある違いは、独自の(劇場)空間を持っているかいないかということ。このあたりまでは、2017年4月のダニエル・ユンさんコーディネート(助成:西九文化區)の交流ワークショップ(川口智子、Hugh Cho(Boさん)、Chloe Wong、鵜沢光、辻田暁、Choi Chi Wei、Paris Wong)で体感してきたこと。

それで今回、これまでの交流のメンバーをBoさん以外すっかり変えて、香港からはカポエラとパフォーマンスをするSteve NG、それから映画『十年』の監督のひとりであるWONG Fei Pan。日本からは、パフォーマンスアートで活躍する塚原悠也さんと、現代美術家の阿児つばささん。もちろんプロデューサーである水野さんや協働者であるBoさんの意見を聞きながら、私が一番大事にしていたのは“テキスト/物語”であった。

まず、塚原さん。水野さんの紹で2018年2月のTPAMでContact Gonzoの上演を見る。フィリピンのメタルバンドとのコラボレーションでしたが、即興性を裏打ちするテキストにとても興味を覚えた。質量ともに。ノンバーバルの作品の背景に物語がある、という意味ではなくて、そのパフォーマンスを導くためにつみあげているテキスト。テキスト、コンテキスト、ノンテキスト。とにかく空間には存在としてのテキストがばらまかれていた。

次に、塚原さんが紹介してくれた現代美術家の阿児ちゃん。阿児ちゃんの音威子府での氷の映像作品を見て、今度はストーリーだと思う。今はなくなってしまった過去のものを、再現する/しようとすることによって、ストーリーを編み出す作業。2018年7月京都で阿児ちゃんに初めて会い、作品の背景に持ち込む(科学/歴史的には本当ではないかもしれない)ストーリーの紡ぎ方が魅力的だと思った。

それから、Fei。映画『十年』の監督の中から推薦されたFeiには、2018年9月香港で初めて会う。ドキュメンタリーの視点での作品をつくり始めていたFeiと話しているうちに、パーソナルな物語から歴史を語っていくという方針が少し見えてきた。

宮古島に行ってからいろいろと話をしたSteve。カポエラの歌について聞いていると、歌の中の物語がとても重要であることがわかる。アフリカ大陸から海を渡って南アメリカ大陸へと連れてこられた人々が自分たちの故郷を忘れまいとして歌に込めた物語。

過去の物語を現在へとつなぐもの、それが“言葉”なのだろうか。TRA・DIT・ION=超えて・与えられる・もの。それは、技術ではなく物語、人が生きていくために語られることばなのでは。

香港滞在の2日目に戯曲中心で粤劇を見た。『雷鳴金鼓戦笳聲』。中国の歴史書『戦国策』から趙の国の物語をベースにしたもの。国のために戦争に行く若い青年が出てくる。翌日、メンバー全員が集まり話している中で、この物語に書かれていたことが古いお伽話ではなく、現在の私たちの置かれている状況とかならずしも遠くないということに気づき、「『雷鳴金鼓戦笳聲』やります?」と冗談半分に話していたことが記憶に新しい。冗談半分に、というのは半分は本気というか、その選択肢は0%ではないということです。たとえば、『雷鳴金鼓戦笳聲』をコピーする、という作業の始め方も可能だと思う。ただ、今回の6人のメンバーではその選択はとらないわけで、それはメンバーがテキスト性を持っているというの効果なのではないかと思います。そして、最終的に今回のプレゼンテーションにおいては、その物語性みたいなことは前面には出ていないのですが、私たちの思考と並走する物語のひとつとして、『雷鳴金鼓戦笳聲』もまたアダプテーションされているように私には思えるのです。これが“TRA・DIT・ION=超えて・与えられる・もの”のひとつの形ではないでしょうか。身体を伴い変化TRANSFORMしながら、あるひとつの思考が継承され、その続きのプロセスをつくること。

島から島へと伝わる歌/物語/ことば。次への展開として、そんなキーワードでこの作業をつなげていきたい。

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